ゲームとか色々日記です。

突撃コブン11時

広島と長崎
被爆者の方々や、その親族にとってはデリケートな問題なので
あまり語られないのですが、デリケートであるのをいいことに
事実を捻じ曲げようとする人というのもまた存在します。
個人のブログとしては不適切な発言もあるかもしれませんが、
「不適切かもしれない」という理由で考えを述べないのも
また事実を捻じ曲げようとする人の思う壷という気もするので、
言うだけ言ってみます。政治家でないので、自分の考えが
不適切であったと思ったら謝罪して撤回すればいい、というのも
個人のブログの特性であるので。

広島に落とされた原子爆弾と終戦、その後の日本の復興は、
アメリカの立場から見れば「攻撃することによって相手を
改心させることが出来る」という悪例になってしまった気も
します。勿論、そもそも原爆が落とされるまでにグズグズ
敗戦の事実を認められなかった当時の軍部にも問題があったし、
その後も敗北を宣言せず戦いつづけるべきだった、とか
日本は復興してはいけなかったなどとは口が裂けても言えません。
しかし、太平洋戦争後の日本をモデルとしてイラク戦略が
立てられていたという事については、やはり何事も切り株の兎、
柳の下の泥鰌のように上手くいくとは限らず、「あの時上手く
いったから今回もいけるんじゃね?」とか思わせてしまったのは
我々日本人もちょっとは責任感じてしかるべきなのかなあと。

そして、長崎に関しては、あれはやはりやり過ぎであったのでは
ないか、と思います。広島だけで「降伏しなければ2発目を
落とすよ!」と脅せば良かったのでは、と思うのですが。
広島に原爆を落としたこと、長崎に原爆を落としたこと、それぞれの
理由は諸説あり、事実は必ずしも明確でないし、「広島の
原爆は必要だった」とは思わないのですが、個人的な意見としては
「広島の原爆が必要であったかどうかはわからない。だけど、
長崎の原爆は不要であった」と思います。

あるアメリカの作家の言葉に、このようなものがあります。
うろ覚えなので正確ではないですが、概ね意味は合ってると思います。
「私たちは、戦争を終わらせるために、より多くの人を殺さずに
済ませるために、一部の人間を殺さなければいけないという歴史的
事実があるのを知っています。それが広島でした。しかし、私たちは、
既に敗者となった人たちに対して、勝者が残忍な気持ちだけで更に
追い討ちをかけたがるという事実があるのを知っています。
それが長崎でした」

繰り返してはいけない過ちがある。それは確かにそうですが、
今の日本人は過ちを過ちとして認めていない部分があるようにも
見受けられます。広島と長崎に原子爆弾が落とされたという事実だけを
知っていても、それは「過去の日本人が愚かであったせいだ」と
考えるならば、それは過ちを繰り返すのを止める事に寄与しないと
思います。「何故そうなったのか?」「そうならないためにどうするか?」
それを考えるのが原子爆弾を落とされた国に生きる我々の役目
なのではないかなと、そう思うわけです。

今の社会システムは安定しすぎていて、持たざるものへの
閉塞感が強く、「なんだか自分がいいポジションに立てずムカつく
から、いっちょ戦争でも起きてリセットされないかな」とか願う人が
いるように思います。実は私もそう思ってる部分があります。
そして、「格差社会」とやらが取り沙汰されればされるほど、
そういう思いは強くなるのではないでしょうか。
実際のとこ、セレブだの何だのって騒がれてる一部の人たちは
会社の問題がマスコミに取り沙汰されないか戦々恐々で、美辞麗句かも
しれませんが、金があったって幸せでない人なんか一杯いるわけで。
それを、マスコミが格差格差と煽ると、多くの人たちは、居もしない
誰かが自分の幸せを奪っていると錯覚して嫉妬し、無意味に攻撃的に
なるのではないでしょうか。

そんな詰まらない理由で、戦争なんか起きてはいけないと思います。
イラク戦争を支持した人、今北朝鮮に対して攻撃的になっている人、
もう一度、考えて欲しい。

「人は長崎を忘れる」
http://www.nicovideo.jp/watch/ut0UePKu4dlA0
こういうネタでこういう話をするのは不謹慎ではありますが、
エンターテインメントだらけの今の世の中、教訓は秘めて発信するしか
ないのかなという気もします。
私たちはエンターテインメントを見て笑っていますが、決して
戦争の犠牲になった悲しい人たちを嘲っているわけではありません。

南米の国、チリにおいて「ヌエバ・カンシオン」というムーブメントが
起きたことがありました。これはアメリカで起きたベトナム戦争に反対する
ムーブメントと違って、自分達の国の軍部を批判し、闘争を起こすという
ものでした。その時のミュージシャン達は、闘争が終結した今、
恋愛の歌や景色の美しさを称える歌を歌っています。それに対して、
「あいつらは歳を取ってヘタレになっちまった」と批判する人も
いるようですが、「あの時は敵がいたから戦った。敵が居ない今、
戦いの歌を歌うべきではない。悲しい事を忘れたわけではない。
悲しい事と向かい合いながら、私たちは笑おうではないか」とする
彼らの姿勢はとてもカッコいいと思ったのでした。
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